太陽光発電のケア
大きな問題は難民の大量流入だ。
タイは、カンボジア、ラオス、ビルマ、マレーシアと国境を分かち、その総延長が五三〇〇キロ余もある国境線のどこをとっても紛争を抱え、つねに難民が逃げ込んでくる。
難民の流人は第二次大戦中から始まっており、とくに、一九七五年以後、インドシナ難民だけで六五万人以上が流れ込んでいる。
難民に押し出される形で、カレン、メオ、テインといった国境地帯に住む高地山岳民族が、タイの森林地帯にも大挙して入り込んでいる。
難民や少数民族は、暮らしていくためには、焼き畑で現金になる麻薬原料のケシや、キャッサバをつくるのがもっとも手っ取り早い。
その現象が、集中的に現れているのが北東部だ。
国境の方から南下してくる難民や少数民族と、平野部の人口増加ではじき出されて北上する農民のはさみ撃ちにあっている。
この一帯では、チーク材を盗伐したり、森林に入り込んで焼き畑をしようとする難民や少数民族と、地元民や営林局との衝突がひんぱんに起きている。
犯人を捕らえようとして撃たれた森林監視員や、焼き畑をするために国有林内で木を切り倒していたカンボジア難民を止めようとして、森林自警団員が殴り殺されたり、といった事件が相次いでいる。
タイ政府も手をこまぬいているだけでなく、日本や米国、さらに国際機関と協力して植林に力を入れようとしている。
だが、二〇年間に破壊された森林一一七〇万ヘクタールに対して、造林面積は四二万ヘクタール足らず、破壊面積の四%に満たない。
もしも、今後一〇年後に再び訪ねたら、どんな光景が広がっているかと思うと、暗澄たる気持ちになる。
フィリピンは、日本と同じく台風の通り道に当たる。
台風上陸のたびに洪水、崖崩れなどの大きな被害を出し、また交通が途絶して食糧不足が深刻になる。
そんな台風のさ中に、ルソン島中部の山岳地帯に滞在していたことがある。
国道を車で走っていると、わきの崖からジープほどある大きな岩が、土砂流とともに地響きを立てて道路に転がり落ちてくる。
道ぎわの立木がいきなり倒れかかる。
道路はまるで川のように、奔流となっていて、何度も肝を冷やした。
しかし、小高い丘に上って景色を見て、この災害の原因がわかった。
ゆるやかに続く周囲の山並みには、ほとんど木が見当たらない。
その山肌のあちこちが台風にむしり取られて、赤茶け九地肌が顔を出していた。
フィリピンは、今日、世界的にみても大災害国である。
米国海外災害救援局(OFDA)がまとめた世界の自然災害統計では、インドに次いで世界第二の災害国だ。
古老に聞いても、三〇年前にまだ森林が残っていたときには、災害らしい災害はほとんどなく、台風がきても部分的な冠水ぐらいしか覚えていないという。
それが森林の消失とともに、災害の方も年を追って増え、雨が多過ぎれば洪水、少な過ぎれば干ばつに見舞われる。
とくに森林の消失の激しいミンダナオ島などでは、台風と干ばつが交互に襲いかかってくるようだ。
かつて、ルソン島は熱帯のジャングルで覆われ、一八九八年の米西戦争でフィリピンが米国領となった当時は、国土の七〇%は森林で覆われていた。
航空写真を使って全土の森林調査の開始された一九六八年でも、まだ五五・五%が残されていた。
その後、急速に減少をたどり、八一年の調査では四〇・八%にまで減ってしまった。
しかも、原生林は森林面積の一一%ほどしかない。
だが、この数字も専門家の間では疑問視する人が多く、森林と呼べるものはこの数字の三分の一以下ともいわれる。
乾期になると、あちこちから山を焼く煙が上がる。
自然荒廃の第一の原因は山火事、次いで不法伐採、焼き畑の順になる。
森林開発局の破壊の原因別統計を見ると、八三年の場合は、総破壊面積二一万一一〇〇ヘクタールの九七%までが、山火事が原因だった。
しかし、自然発火ということはきわめて少なく、多くは焼き畑の火からの延焼である。
その意味では焼き畑がやはり最大の破壊原因といっても間違いないだろう。
フィリピンの森林では、一〇〇万を超える家族がカインギン(焼き畑のフィリピンでの呼び名)で生活し、三〇〇万ヘクタールもの国有地がその対象になっている、といわれる。
森林の奥深くに住んで、転々と移動しながら伝統的な焼き畑で生活している部族民は、一度に焼き払う面積も小さく移動の頻度も高いので、森林に回復の余裕を与え影響も比較的少ない。
問題となるのは、平地の農村や都市のスラムをはみ出して森林地帯や伐採跡地に入り込んでくる土地のない人々だ。
一部の大地主が三分の一もの農地を支配している大土地所有制度のこの国では、人口の増加とともに年々無土地農民も増大して、それだけ森林への圧力も高まっている。
調査対象のカインギン民のうち、山岳地帯に住んで一時的に移動耕作をする部族の場合、一家族が一年間に破壊する森林は○・○五ヘクタールほどだ。
その中でも常時、移動して焼き畑に依存している部族の場合は、一家族が○・ニヘクタールほどを毎年焼き払う。
だが、平地から入り込んできて定着型の焼き畑で農耕や放牧で生活するものは、年間の破壊面積が一ヘクタールにもなる。
とくに、この放牧型の焼き畑による破壊が近年の大きな問題になっている。
フィリピンでも肉牛の生産が奨励されているが、その大部分は草原に牛を放しっぱなしという粗放な放牧だ。
だが、乾期が続くと草の地上部が枯れて飼料が不足してくる。
この時期に草原に火を放つと、一週間ほどで新しく芽が吹いてくる。
それを家畜に食べさせるのだ。
この火が燃え広がって、ときには数千ヘクタールもの森林を焼失させることも珍しくない。
そして、この火入れを繰り返すと、コゴン(オオチガヤ)しか生えない不毛の草原に変わっていく。
このような荒れ地は、コゴンしかないという意味でコゴナールといわれる。
国家環境保護協議会(NEPC)の報告によると、コゴナールは二〇〇万ヘクタールに及ぶという。
フィリピンの全森林面積の二〇%にも相当する。
そして、第二の破壊理由が伐採である。
これには日本が大きく関わってきた。
フィリピンは戦前からラワン材の大産出国で、すでに一九一〇年ごろには日本人がミンダナオ島でラワン材を伐り始めている。
戦争で中断したが、四八年から当時の日本貿易公団によってミンダナオ島のラワン材輸入が再開され、朝鮮戦争後の戦災復興ブームに乗って輸入量はウナギ上りに増大していった。
昭和三〇年代に南洋材といえば、フィリピンからのラワン材を指すほどだった。
だが、乱伐がたたって六五年に「アジア最大の木材輸出国」の地位をマレーシアに譲り、さらに七〇年にはインドネシアにも抜かれる。
直接的にはフィリピン政府が輸出規制を強めたためだが、本当は資源が枯渇してきて輸出ができなくなったのである。
国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の調査では、年率七%の勢いで森林が消失しており、このままでは一九九六年には森林が完全に姿を消す計算である。
すでに、木材の輸入は時間の問題とされている。
「フワン」とは現地タガログ語で「豊かな森」という意味だ。
本来はフタバガキ科の森林というべきところを、日本ではラワンの方が通りがよいのは、いかにフィリピンに依存してきたかを物語るものであろう。
とくに、ミンダナオ島がラワンの宝庫で、輸出の大部分を占めてきた。
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